札幌高等裁判所 昭和62年(く)28号 決定 1987年12月08日
主文
原決定中の「被告人に対して昭和六一年一二月二六日にした保釈は、これを取り消す。」との部分に対する抗告を棄却する。
原決定中の「保証金四〇〇万円中三〇〇万円は、これを没取する。」との部分を取り消す。
保証金四〇〇万円中一〇〇万円は、これを没取する。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は、弁護人A提出の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
所論は、原決定は、被告人が召喚を受けたのに正当な理由なく出頭しないとの理由で、被告人に対する保釈を取り消したが、被告人は、昭和六二年九月一〇日の公判期日には、その前日に右期日の取消し通知があつたので出頭しなかつただけであり、その他に保釈の指定条件に違反するようなことはしていないから、被告人に保釈を取り消される理由は全くない、というのである。
そこで記録を調査し当審における事実取調べの結果をあわせて検討する。
一被告人の身柄、公判期日の指定、審理の経過など
1 被告人は、昭和六一年一一月七日、賍物牙保罪で逮捕され、同月八日、同罪で勾留され、同月二六日、「昭和六一年九月二五日ころ、乙野次郎から賍物である指輪等四四四点(時価合計五二六万三四〇〇円相当)の売却方等の依頼を受けるや、それが賍物であることの情を知りながら、これを引き受け、同年一〇月三日ころ、札幌市中央区南八条西一二丁目金融業「髙橋興業」方において、川崎明善から二五〇万円の融資を受けるに際し、右指輪等四四四点を同人に入質し、もつて、賍物の牙保をしたものである。」旨の公訴事実により、札幌地方裁判所に求令状起訴され、即日、右公訴事実により勾留され、更に、同事件で勾留中の同年一二月一八日、「乙野次郎、丙野三郎と共謀の上、昭和六一年一〇月二一日ころ、丁野四郎から賍物である指輪等約五八点(時価合計約四六四万円相当)の売却方の依頼を受けるや、それが賍物であることの情を知りながら、これを引き受け、同日ころ、札幌市中央区南二条西五丁目山口組弘道会事務所において、宝石商小野隆光に代金一三〇万円で売却し、もつて、賍物の牙保をしたものである。」旨の公訴事実により、公訴を提起されたが、同年一二月二六日、私選弁護人佐藤敏夫の請求に基づき、「一 逃亡し若しくは罪証を隠滅すると疑われるような行動をしてはならない。二 召喚を受けた場合、正当な理由がなく出頭しないようなことがあつてはならない。三 被告人は、札幌市○○区×××に居住しなければならない。なお、転居又は旅行の際には、あらかじめ書面をもつて裁判所に申し出て、許しを受けなければならない。」との指定条件を付せられ、保証金額四〇〇万円で保釈を許可され、同日同弁護人が右保証金を納付したことにより、その日のうちに釈放された。
2 札幌地方裁判所は、同年一二月三日、第一回公判期日を昭和六二年一月二七日午前一〇時と指定し、昭和六一年一二月九日、一九日、関連被告人の事件との弁論を併合したところ、被告人は、第一回公判期日の前日、佐藤弁護人の解任届を提出した。そこで裁判所は、被告人に関する事件の弁論を分離して公判期日の指定を取り消し、被告人から、弁護人として弁護士Bを選任する旨の届が提出された昭和六二年二月一六日、被告人に対する公判期日を同年三月一二日午後一時一五分(その後、弁護人の都合により、同日午後二時三〇分に変更)と指定し、同日、被告人出頭の上、公判を開き(関連被告人との関係で第三回公判期日となつている。)、次回公判期日を同年四月一四日午前一〇時三〇分と指定し、同期日に、被告人出頭の上、公判を開き(第五回公判期日)、次回に検察側証人乙野次郎を取り調べることとし(同証人の尋問が予定どおり実施されれば、検察官の立証はほぼ終了することになる。)、同年五月七日午後二時三〇分の期日を指定した。
3 ところが、被告人は、昭和六二年五月六日、札幌市○○区の×××病院で医師○○○○の診断を受け、翌七日入院し、弁護人は、同日、「症状により胃潰瘍を疑いました 62、5、7(木)検査の為、来院を要します」と記載された右医師○○○○作成の同年五月六日付け診断書を添付の上期日の変更を申し立てたが(同月一一日、医師○○○○が作成した同月七日付けの刑事訴訟規則一八三条所定の診断書が提出された。)、裁判所は公判期日を公判準備期日に切り換え、被告人不出頭のまま証人乙野次郎の証人尋問を実施して検察官申請の証拠調べをほぼ終了し、次回公判期日を同年六月二日午後二時三〇分と指定した。
4 弁護人は、昭和六二年五月二八日、病名として「急性胃炎、胃十二指腸潰瘍の疑い、過敏性大腸炎の疑い」と記載された同月二七日付けの医師○○○○作成の前条所定の診断書を添付して公判期日の変更を申し立て、裁判所は、検察官の意見を徴した上、翌日、昭和六二年六月二日午後二時三〇分の公判期日を取り消した。
5 裁判所は、被告人の病状等を調査するため、×××病院で、医師○○○○及び被告人を取り調べるべく、昭和六二年七月六日、検察官、弁護人の意見を徴したところ、いずれも異議はないとのことであつたので、同月一四日、右取調べを同年八月一九日に実施する旨決定した(その旨の決定謄本は、同年七月一六日弁護人に、同月二二日被告人にそれぞれ送達された。)。
6 弁護人は、昭和六二年七月一五日、裁判所に対し、被告人の制限住居を×××病院三〇二号室に変更する許可を求め、同月一八日、「被告人は過敏性大腸炎で昭和六二年五月七日より入院し、精査並びに加療中である。」旨記載した医師○○○○作成の同年七月一六日付け診断書を提出し、同月二〇日、裁判所の制限住居変更決定を受け、更に、同年八月五日、被告人は同月八日に退院するとして、制限住居変更の許可を求め、同月一八日、制限住居を、札幌市○○区○○(実父)方に変更する決定を得た。一方、被告人は、昭和六二年八月七日から外泊を続け、同月一八日正午、担当医師○○○○の了解を得ることなく退院手続きをした。
7 裁判所は、被告人が退院したため、×××病院で被告人を取り調べることはとりやめた上、昭和六二年八月一九日、検察官、弁護人立ち会いのもとで、同病院において、医師○○○○の証人尋問を行い、翌二〇日、公判期日を同年九月一〇日午後三時三〇分と指定したが、被告人が、同月七日、B弁護人の解任届を提出したので、検察官の意見を徴した上、職権で、右公判期日を取り消し(同月九日午後四時四五分、被告人に対し、公判期日取消決定謄本送達)、同月一一日に検察官からなされた「被告人が召喚を受け、正当な理由がなく出頭せず、審理を著しく遅延させている」ことを理由とする保釈取消しの請求に基づき、同月一四日、被告人に対する保釈を取り消し、あわせて保証金四〇〇万円中三〇〇万円を没取する旨の決定をした。なお、検察官が被告人に対し右保釈取消決定の執行をしようとしたところ、被告人の所在を明確に把握できず、現在に至るも被告人は収監されていない(もつとも、本件抗告を申し立てたA弁護人とは連絡がつくようである。)。
二被告人の病状、程度
1 被告人は、昭和六二年五月六日、×××病院に赴き医師の診察を求め、医師○○○○に対し、「約二か月ぐらい前から、下痢をし、食後、悪心あるいは強い腹痛がある。」と訴えた。そこで○○医師は、問診、腹部触診をし、血圧測定をしたが、見た目には元気で症状の訴えだけが強く、病名の見当がつかなかつたため、とりあえず可能性のある病気として「胃潰瘍の疑い」という診断書(同日付け)を作成した。
2 ○○医師は、同月七日、来院した被告人に対し、胃バリウム検査をしたが、異常所見はなく、前日採取した血液、尿による肝機能及び腎臓機能検査の結果にも異常はなかつたため、被告人の愁訴から「急性胃炎」と診断した(同月七日付け診断書)。同医師は、同月二七日付けで作成した診断書には、胃の病気に関し、「急性胃炎」のほか、「胃十二指腸潰瘍の疑い」を付加したが、これは、被告人の愁訴に基づき、前記バリウム検査で異常がなかつただけでは絶対に否定されるとはいえない病名として付け加えたものにすぎず、その疑いは、同年六月二日、二三日の二回にわたる胃内視鏡検査により、はつきりと否定された。
3 さらに被告人に対しては、尿培養、胆のう造影検査、胆のう超音波エコー検査、大腸バリウム検査、貧血の検査、眼底検査、数回にわたる血液検査など、各種の検査を実施したが、肝臓、胆のう、膵臓、大腸のいずれにも異常はなく、ただ、腹痛、下痢の愁訴により、強いていえば、過敏性大腸炎と診断できた(同年五月二七日付け、同年七月一六日付け各診断書)。しかし、同医師が被告人の便の状態を実際に確認したことはなかつた。
4 看護記録には、同年五月八日、一一日、一二日、同年六月六日の被告人の体温が三七度六分として記録されているが、これは、病院側が検査したのではなく、被告人からの申告により記載したものである。便通の回数、便の状態の記載についても同様である。
5 また、右看護記録によれば、被告人は、同年五月九日検温時不在であり、同月一〇日には体温申告せず、同月一六日に外泊して翌日帰院し、同月三一日外出し、同年六月六日、七日、一四日、二一日、二八日外出し、同年七月五日、一八日、二六日外泊しいずれも翌日帰院し、同年八月一日、二日外泊し三日に帰院し、前記一6のとおり、同月七日以降退院時まで外泊を継続した。
6 被告人は、指定されていた公判期日である同年五月七日×××病院に検査、入院したが、被告人が同日の検査、入院に差支えがあると申し出ていれば、○○医師は被告人の申し出に応じていたものであり、被告人が同日に検査、入院しなければならないほどの緊急性はなかつた。なお、同医師は同日付けの診断書には、「入院、安静の上、精査を要する」旨の記載をしたが、医師として、万一のことを慮つたものであり、入院することと安静にすることは同義であつて、入院すること以上に特別安静にすべき具体的根拠があつたわけではなかつた。
7 同月二七日当時、仮に胃バリウム検査に現れない程度の胃潰瘍などがあつたとしても、日常生活に支障はなかつた。
8 被告人が訴えていた下痢、軟便の回数は一日数回であり、便通の間隔は、少なくとも二、三時間はあつた。
9 ○○医師が、同年五月七日付け、二七日付けの診断書に、被告人が自ら正当に防禦することができない旨記載したのは、被告人の訴える症状が被告人の精神能力に絶対に支障を生じないとは断言できないことから、被告人の愁訴を尊重して記載したのであつた。
10 なお、被告人は、同年六月末ころから、排尿時の痛みを訴えるようになつたが、検査の結果には異常がなく、○○医師は、神経性膀胱炎と診断した。
三以上の事実に基づき、被告人の公判不出頭などの正当性について考えると、
1 被告人は、第一回公判期日の前日、私選弁護人を解任し、検察側立証の終了がほぼ予定されていた第七回公判期日(昭和六二年五月七日)の前日に病院で診察を受け、右期日の日に、緊急の必要もないのに入院し、病院で病状等についての裁判所の取調べを受けることになるや、右取調べの前日退院し、検察官の立証が終了し、被告人質問あるいは被告人側立証に入ることがほぼ予定されていた同年九月一〇日の公判期日の直前である同月七日に再度私選弁護人を解任し、さらに原決定後その所在を明確にしていないこと、
2 被告人に対する各種検査はいずれも被告人に異常のないことを示しており、被告人の愁訴を裏付ける客観的データはなく(一時期平熱を少しこえたことがあつたとしても、重視するに足りない。)、仮に急性胃炎、過敏性大腸炎があつたとしても、被告人は外見上元気であり、外泊や外出もしているから、日常生活に支障はなかつたと考えるのが相当であり、医師○○○○作成の診断書の防禦能力などに関する記載は、いずれも患者本位の医師の立場から、万一のことを憂慮したものにすぎないこと、
などに照らすと、被告人に審理を遅延させる意図があることは明白であり(所論は、弁護人の解任につき、弁護人との信頼関係が維持できなくなつたので解任したのであり、審理を遅延させる目的はなかつたと主張するが、自ら納得して選任したはずの弁護人の弁護方針が意にそわないからといつて、二名の弁護人を審理の節目となる各公判期日の直前に解任すことに審理遅延の意図がなかつたとは認めがたい。)、昭和六二年五月七日、同年六月二日のいずれの公判期日についても、被告人に出頭の意思さえあれば、出頭が可能であり、出頭により、被告人の健康状態に格別影響は生ぜず、十分審理に耐えることができたものと認められる。したがつて被告人が昭和六二年五月七日の公判期日に出頭しなかつたことに、正当な理由があつたとはいえないし、被告人が同月二八日、弁護人を介して、同年六月二日の公判期日の変更を申し立てたのも、正当な理由があつたとはいえない。そして、六月二日の公判期日は、右申立により取り消された結果、同期日に被告人は召喚されなかつたが、前記のとおり、被告人は正当な理由なく右公判期日の取消しを求めて、その召喚を免れたものであるから、右の事態は被告人が召喚を受けながら正当な理由なく公判期日に出頭しなかつたときと同視すべきである。したがつて被告人は、刑事訴訟法九六条一項一号に該当し、保釈の指定条件二に違反すると認められ、被告人に対する保釈を取り消した原決定は相当である。この点の論旨は理由がない。
四もつとも、原決定は、保釈保証金四〇〇万円中三〇〇万円を没取しているが、以上のとおりの原決定までの被告人の指定条件違反の態様、程度、時期などに照らすと、三〇〇万円の没取は重きに失し、その金額を一〇〇万円に軽減するのが相当である(本件没取の対象となつた保釈保証金の納付者は、前記のとおり、当時の弁護人佐藤敏夫であるが、右保証金の没取決定に対して被告人も不服の申立ができると解される。また本件抗告は、申立の趣旨として、「昭和六二年九月一四日札幌地方裁判所がした被告人の保釈を取消す旨の決定を取り消し、検察官の保釈取消請求を却下する決定を求める。」としているところ、保釈取消しの理由がないことになれば没取の理由もなくなる筋合いである上、原決定は、「保釈取消決定」という標題で、保釈の取消しと没取を行つているから、本件抗告は、右決定全部に対する不服の申立と解するのが相当である。)。この点の論旨は右の限りにおいて理由がある。
五よつて、本件抗告のうち、保釈取消しの取消しを求める部分は理由がないので、刑事訴訟法四二六条一項により、これを棄却し、没取の取消しを求める部分は前記の程度において理由があるので、同条二項前段により、原決定中の「保証金四〇〇万円中三〇〇万円は、これを没取する。」との部分を取り消し、同条二項後段、九六条二項により、保証金四〇〇万円中一〇〇万円を没取することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官水谷富茂人 裁判官髙木俊夫 裁判官肥留間健一)